モノクロタイム

I'm from the future!

個人ができることと組織ができること

 

とあるツイートがリツイートされまくってなんだかアレな感じになってしまったので,もう少し深いところまで書いてみたいと思う.

 

自分は基本的に「個人ができること=その人が所属する組織ができること」だとは思っていない.組織というのは社会人だったら会社,大学生だったらゼミやサークル,大きく言えば学科,高校生以下だったら部活になるだろうか.

自分は大学生で,昨年は大学案内の端に写真付きで大学の魅力をアピールするインタビューも掲載してもらって,オープンキャンパスではゼミ紹介といって初音ミクMMDを用いたARアプリを展示した.

高校生が興味を持つものを作って欲しいという依頼でこのアプリをつくったのだが,

このARアプリを作ったことで,あの後自分はとてつもない後悔をした.

ARアプリはUnityとVuforiaとMMD for Unityを使用して作っており,モデルやモーションも全てネット上で配布されている物を使用した.マーカーを認識したら初音ミクが出てきて踊るといった極めてシンプルなアプリだったが,高校生にはウケがよく,長いこと遊んでもらった.

だが,この簡単なアプリはゼミで学んで作れるものではなかった.「ゼミ紹介」として紹介するものにはふさわしくない展示物だった.

ゼミ紹介とするならば,ゼミで学んだことを紹介しなければ意味が無いのだ.

初音ミクのARアプリは現時点で学内では自分だけしか作ることができない.これは”自分が”できることであって,ゼミでできることや大学でできることと言ってはいけなかったのだ.

 

しかし,現在この嘘を本当にするための試みがあって,これには疑問を感じる点がある.個人の持つ技術を組織に共有させようとしたところで個人も組織も苦しむだけだ.「個人ができること=その人が所属する組織ができること」を0から成立させるのは不可能に近いし,またこれを成立させるためだけの技術共有なんてしないほうがマシである.